高杉晋助には、五人の子供がいる。

 三郎、俊輔、聞太、義助、狂介の五人である。
 それぞれに有り得ないほどに個性的で、育てる苦労も並々ならぬものがあるが、
それも、愛情があれば、苦労にはならないのか、日々楽しく子育てに励んでいる。また、
強烈な個性を遺憾なく発揮し、時に争い、時に協力しあう子供たちは、その性格にこそ
似通ったところは欠片も無いが、唯一、母・高杉への愛情、ということに関してだけは、
恐ろしいほどに共通していた。
・・・父親については、不明だ。別に不幸なことではない。
 五人の子供たちは母が笑ってさえいれば満足で、父親のことなど考えたこともなく、
不在であっても何の問題もなかったし、判明したらしたで、世間様を巻き込んだ血で
血を洗う抗争が勃発することは確実だからだ。
 高杉のファンは多い。
 そして、過激だ。
 世の中には、分からないままの方が良いことも、沢山あるのだ。
 オーパーツやUMAの類が、その存在の不確実さ故に、永遠の冒険心をくすぐるのと同じである。










◇聞多のこと。



 よく笑い、よく食べ、よく遊ぶ。
 一見、素晴らしく子供らしい。
 そう、あくまでも、一見。
 高杉家の子供に、一筋縄で縛り上げられる子など、いるわけがない。
 聞太は、情報通である。
 近所で生まれた犬猫の数から、蕎麦屋の幾松さんの腰巻の色、近藤さんのご隠居の
愛人の数に、本妻との喧嘩の回数、米相場に株式相場、発覚前の老中の不正に
大奥のすきゃんだる。危ないクスリの流通経路に、警察の手入れの時期、密入国の
方法に仲介屋の連絡先とその経費。他もろもろ。
 お前いったい幾つだよ、ていうか何でそんな裏ルート?!そいつらの情報源は一体
どこなんだ?!そもそも意味がわかっているのか?!と普通の親なら襟首つかんで
首がもげるほど締め上げて、心底、将来を危ぶんでしまうというか、そのうち自宅が爆破
されるんじゃないかと思うほどの、深さと量と正確さ。
 だが、高杉は気にしない。
 そんなことは、些細なことだからだ。





 なんの変哲もないある日。天気は頗るつきに良く、縁側で日に当てている座布団の
上には、顔なじみの黒猫が寝そべり、開け放たれた障子から、気持ちのいい風が吹
きこんでくる。

 「・・・・・・なんでだァ?」
 「母上、どうしたんです?」

 高杉は首を傾げた。
 家族の人数に合わせた大きな卓袱台に肘をつき、広げた家計簿と通帳を眺め、眉
根をよせて、ことんと首を傾ける。
 その仕草を、俊輔がにこにこしながら殊更嬉しそうに見上げている。部屋の隅では、
狂介がうっとりと見つめているが、高杉は両方共に気にしない。
 いつものことだからだ。ついでに、それどころではなかったからだ。

 「貯金がなァ・・・」
 「無いんですか?!駄目です!!母上!!身売りなんて、・・ゲフッ!!!」
 「庭の梅の肥やしにすんぞ、コラァ。違ェよ、勝手に増えてんだよ」
 「・・・へ?座敷にちっさいオッサンでも住み着い、・・・・・・・・あ」
 「あぁ、あンの阿呆、また通ってやがるな」
 「は、ははは、」
 「俊輔ェ、俺ァ、アイツに一人で行くなっつったよなァ?」
 「は、はい、言ってました!」
 「・・・ちょっと、出かけるぜェ。良い子で留守番してろよ」

 俊輔の頭をぽんと叩き、通りすがりに狂介の頬を一撫でして、高杉は家を出た。
動きに合わせて緋色の袂が翻る。
 その後姿を、二人の子供がまたもうっとりと見つめていたことを、母は知らない。
 いつものことだ。

 焦ることなく畦道をゆっくり歩く。高杉の住む町はそんなに大きな町ではなく、しかも
郊外にある家の周りは田んぼや畑ばかりである。良く言っても田舎、悪く言っても田舎
なのだが、子育てには最適だ。
 だが、長閑さを漂わせる場所とはいえ、どこにでもあるものはある。花街もあれば、
裏通りもあるし、当然ながら、これから目指す店もある。何軒か軒を連ねていたはずだが、
出入りするのは決まった店だ。所謂、お馴染みさんだ。
 
 煙管を吹かしながら、着いた場所は、

 賭場である。

 「邪魔するぜェ」
 「おぉ!奥さん、久しぶりじゃねぇの!今日も別嬪さんだねぇ」
 「ありがとよ。・・・で、来てんだろォ、ウチのが」
 「あ〜、ん〜、来て、る、な」
 「知らせろっつっといただろうが」
 「ま、まぁ、良いじゃねぇか!腹立つくらい稼いでるよ、今日も」
 「・・・だろーなァ」

 顔馴染みの胴元、といっても、息子経由という非常識な順番で知り合った男と軽く
言葉を交わして、高杉は、賭場に足を踏み入れる。真昼間から博打に興じるどう見ても
堅気ではない連中の中に、凄まじく違和感のある子供が一人。

 「聞多ァ」

 低く抑えた声に、一瞬にして、荒くれどもの声が静まりかえった。
 暗く沈んだ緋色に、鮮やかに目を奪う錦糸の蝶が舞う。息を飲むような艶やかな着物を
着崩して、大きく開いた胸元は、真白な肌。蝋細工の指に朱羅宇の煙管。漆の髪に、
珊瑚の唇。白い包帯に隠された左目までもが凄艶だ。

 シン、と静まった賭場を、

 白い足が大股に通り抜け、

「・・・こンの、阿呆たれがァッ!!!!」

 豪快な怒鳴り声と、盛大な打撃音が響き渡った。

「〜〜〜〜ッッ!!!」
「テメェは俺が言ったことを忘れたか?ぁあ?ンな役に立たねェ頭なら、他のと
挿げ替えるかァ?・・・それとも、首のねェ人生送ってみるか?」
「送れねぇよ!死んでるよ!」
「・・・・・・」
「ぅわッ!!刺さる斬れる首が飛ぶッ!」
「聞多ァ」
「ハイッ!ゴメンナサイスイマセンモウシマセンッ!!」

 白刃を振りかざして子供を脅す若奥様に、周囲は凍りついたように動けない。
 でも、高杉は気にしない。
 どうでもいいことだからだ。

「ココに来んなたァ言ってねェんだ。・・・一人じゃ危ねェだろうが」

 響いた怒声と纏った怒気をすべり落とした、柔らかな声。
 アンタが一番怖くて危ない、という言葉は、胴元も荒くれどもも必死の覚悟で飲み
込んだ。誰だって、頭の先から股座まで一刀両断、なんて死に様は嬉しくない。
 でも、それより何より。
 高杉の声が、あんまりにも、優しかったからだ。

「来てェなら言え。連れて来てやっから」
「・・・ごめんなさい」
「わかりゃァいい。もう、すんな」
「ん」
「金のことなんざァ、テメェが気にしなくていいんだ。だから勝った分は、テメェの為に
貯めとけや。家計のことまで考えんじゃねェよ」
「だってよォ、俊輔育ち盛りだし、義助の塾とか、狂介の道場とか三郎の研究の
材料とか、さぁ、いるじゃん」
「問題ねェよ。テメェら育てんのは俺の仕事だ」
「でもよォ」
「聞多」
「・・・うん」

 度派手な説教は、一度の爆発で収まったらしい。
 怒りを後に引かない、は、高杉家の教育方針の一つである。
 賭場は子供が出入りする場所ではない、ということは、高杉には関係ない。
 世間の常識など、彼には大した問題ではないからだ。

「・・・よし。勝ってんだな、聞多ァ」
「フン!当然!!」
「おい、なに固まってやがる。再開しろや」

 荒々しいのに優雅に見える、不思議な動作で息子の隣に腰を下ろした高杉に、アン
タのせいだ!、と言える度胸など、誰にだってあるはずがない。ビクつきながら、
壷振りが、商売道具を手にした途端、
 場を囲む全員が、硬直した。

 若奥様の、立て膝。

 はだけた着物。
 のぞく胸元。
 細い足首。
 開いた裾から、人形みたいな白い脛。
 ・・・下帯、見えそう。

 前屈みの者数名、鼻血を吹く者数名。
 覗きこもうとする猛者は、いなかった。
 以前、高杉に不埒をはたらこうとした者が、子供五人の手によって、身も凍るような
制裁を加えられたことは、近隣一体で知らぬ者の無い事実だからだ。
 高杉家の報復は、シャレにならない。
 世の中の真理である。

「さァ、始めようぜェ?」

 紅椿のような唇を、薄桃色の舌がチロリと舐めあげた。
 声にならないどよめきが、空気を揺らす。
 眼福。
 それだけで、大満足、である。

「聞多坊、お前ぇの母ちゃん、最強だな」

 不心得者はいないかと、密かに目を光らせていた聞多を、火消しの辰五郎が突っついた。

「当たり前だろ」

 つん、と顎を反らしたその顔は、子供らしい誇らしさに満ちていた。

「俺らの母ちゃんなんだから」



 










 夕暮れ時に、大きい影と小さい影。行きはそれぞれ一人で歩いたその道を、
帰りは二人ならんでゆらゆら歩く。
 聞多は、手を繋いでとか、おんぶだとかは言わない。別に大人ぶってるわけでは
なくて、もっと小さい頃からそうだった。ある意味、手がかからない子供だが、常識では
はかりしれないことを仕出かすので、そっちの面では手がかかる。とはいえ、高杉家の
子供たちはどの子もどっこいどっこいの個性派なので、高杉は気にしないし、何より、
一番厄介なのが、高杉自身だったりするので、どうしようもない。

「あ〜、勝ったなぁ」
「そうだなァ」
「母ちゃん、強ぇな」
「ったりめェだろうが。テメェの親だぞ」
「あ、納得」
「ま、聞多も良い腕じゃねェか」
「ったりめぇだろ。アンタの子だぜ」
「なるほどな」


 情報集めより何よりも問題なのは、聞多の「お金好き」だろう。
 家計の心配をしたのは本当だろうが、この歳にして、聞多は大のお金好きだ。
しかも、小金をせこせこ貯めるのではなく、ドンッと一発一攫千金を目論むなかなかの
強者である。高杉家に出入りする、母親目当ての男連中から金を引き出すのも
お手の物だ。
 普通の親なら、心配してしかるべき。
 だが、高杉は、そうしない。
 寧ろ、将来が楽しみである。
 末は、詐欺師か、大商人か。それとも、希代のギャンブラー。
 どれでもいいし、全く違うものでも構わなかった。

 聞多なら、何でも上手くやるだろう。

 子供が選んだ人生を、後押ししてやるのも親の仕事のうちなのだ。
 詐欺が犯罪だ、ということはどうでもいい。自分が引っかかりさえしなければ、高杉
にとっては大した問題ではないからだ。それに、要領のいい聞多なら、バレないいい
方法を考えるに違いない。
 だから、やっぱり、どうでもいいことなのだ。

 「なんか旨ェもんでも買って帰るか」
 「鯛買おう!鯛!!」
 「そりゃァ、俺の好物だろうが。食いてェもんはねェのか」
 「鯛食いたい!あと、三軒家のみたらし団子!」
 「・・・んじゃァ、そうするか。夕飯は煮付けか刺身か」
 「おう、値切ってやるから見てろよ!!」

 嬉しそうにふわりと笑んだ高杉に、ニィッと笑って、聞多が母の袖を引く。
 親子二人で胴元に泣きを入れさせた勝ち金が、ぬくぬく懐を温めている。
 前代未聞の負け具合に、前代未聞に陽のあるうちに、賭場を閉める羽目になって
しまった胴元と、ケツの毛まで抜かれて、素っ裸にひん剥かれ、号泣する荒くれどもの
悲哀を余所に、高杉家は、今日も幸せである。



 他人の些細な不運と不幸は、高杉には興味が無い。



 自分と子供たちの幸せに、影響なければ、どうでもいいことだからだ。

 

                             

                              <終>








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シロさんから頂きました!!!
本っっ当に有難う御座いますううううううううああああ!!!ニヤニヤする!!何度読んでも和む!!!

メールで「高杉さん家の子」ネタが盛り上がり、前回頂いた小説のお礼(→コレ)を捧げたところ、
更にこんなに素敵な小説を頂いてしまいました!!!!
聞多がね・・・!!(床バンバン)聞多!可愛すぎ!!!やんちゃ坊主なところがたまりません!
母杉は母杉で常識に囚われない(笑)豪快な母ちゃんっぷりが凄く「高杉っぽい」です。
でも、優しいところはしっかり優しい。これぞ正に私が理想とする母杉像です。

本当に!有難う御座いました!!!!