貴方のたった一言が、生きる為の縁になる。



 
 何気ない顔をして、唇をつり上げて、杯片手に言い渡された作戦は、正気を疑う代物で、
軍議に来ていた白夜叉や、桂さんや坂本さんも絶句した後、激怒した。
 曰く、机上の空論、下策の下。
 希代の軍師に、という前に、同門の同志に対して言うことか、思えるような罵詈雑言が飛び交った。
互いに口が悪いのは、幸か不幸か長い付き合いで承知の上でも、
これはどうかと感じるほどの罵声の数々。それを彼は、やかましそうに、
「命を張らずに為せることなど、今の時代にあるものか」
と口元を笑みの形につり上げたまま一蹴した。
 怒りのままに放たれた、桂さんの暴言に、誰が反応するより先に、爆発したのは僕の親友。

「うるっせぇんだよっ!!さっきからっ!!」

 片膝を立て、鞘ごと刀を引き抜いて、突き破る勢いで硬い床に突き立てる。鉄の鐺が凄まじい音を響かせた。

「気のねぇヤツは戦にゃいらねぇ。その策、俺の隊が引き受ける!!」

 水を打ったような空気の中で、短気で剛毅な親友は、ぐるりと満座を見渡して、
脅すような低い声音で、文句はねぇな、と、声を張り、

「戻ったら、酒と女と旨い飯」

 ニヤリと笑って一人を見据え、

「危険の駄賃に、新作の抱え大筒出しやがれ」

 揺るがぬ視線を受け止めて、総督は、高杉さんは、満足そうに頷いた。











 
 ・・・・・そして今、僕の置かれた状況は。
 聞太にばかり、いいとこ見せられちゃ、御神酒徳利の名が廃る。
もともと、そのつもりだったけど、当然我が隊も作戦参加。なんだけど、ね。

 ゆるやかな傾斜を全力疾走で駆け上る。さっきまでは急勾配で、このまま行けば
この先は、前より酷い急斜面。出陣前に叩き込んだ地形図すらも恨めしい。

「・・・もんたぁ!・・こ・・前・・・・・・・・走っ・・・よね!!」
「おう、走りっぱなしだよなぁ!!」

 ほとんど言葉になってないのに、分かるところが凄いんだ。しかも、同じ時間戦って、
同じ時間走ってるのに息も切れない体力は、一体どこから湧くんだろう。下草を踏み分け、
木々の小枝に顔を叩かれながら走る合間に笑いがこぼれる。
 本当に、走ってばっかりなのだ、この前から。
 比喩じゃなくて、大マジで。
 ここで三日くい止めろ。そう言われて平原を文字通りに駆け回り、
その次には、戦場のど真ん中から全力疾走で山越えを敢行した。
その時は別働隊も、全力疾走で山下りをしたらしい。揃ってふるふるする膝に、笑い転げてみたりした。
 そして、今現在、再びの全力疾走山登り。
 時は深更、空は曇天。絶好の、戦日和。

「俊介!先行け!ケツは俺らが持ってやらぁ!!」
「了解っ!」

 ぐっと足を踏みしめてくるりと背後を振り返り、鞘をどこへやったのか、抜き身の白刃振りかざし、
直下の隊士に激をとばす強い背中に一声かけて、地を蹴る足に、残った力を振り絞る。
 盛大に張り上げられる声が響く。
 そうだ、騒げ。喚け。
 破れかぶれの抵抗に見せかけろ。
 無謀な策の、無様な潰走。
 見せつけろ、図に乗らせろ、煽てあげて祭り上げろ。
 反撃の烽火は必ず上がる。誰が罵ろうが、非難しようが、彼が言うなら必ず策は成るのだから。

「総員、配置に!!」

 両脇を絶壁とは言わないまでも、高い壁と鬱蒼とした木に挟まれた間道を駆け抜けて声を張る。
こちらの指示は、この声は、下で戦う喧騒で敵方までは届かない。
 応と答える見慣れた顔は、血とか汗とか泥や油で汚れてて、きっと、自分も同じで、目だけがぎらぎら光っているだろう。
 ・・・居ない、奴が、いる。
 行ったままの人数で、帰って来れないのは当然だ。
 小競り合いでも大戦でも、戦というのは必然的に命を奪う。
 今の今まで隣にいた戦友を、振り返ったら首が無かった。
内臓抉られて、それでも生きてた先輩に懇願されて止めを刺した。
 珍しくない、ありふれた、日常茶飯事。明日は我が身。
 それでも、譲らない、譲れない。
 
「・・・来ます!」
「よし、合図を待て」

 息を殺して身を伏せて、山の先では逃走装う音をたて、残りの兵は時を待つ。
 駆け上がってくる揃い装束の最後尾を、返り血まみれの聞太が走る。
 我が親友殿は、こういう時に絶対その位置に立っている。
副官が喚こうが、部下が嘆こうが一切聞かず、下手をすれば持ち前の気性で盛大に一喝する。
 なにも、盾になろう、とか武士の高潔とか、そういう高尚なことではないらしい。
 死ぬ気がないから、そこに立つのだそうだ。
 「死ぬ気の奴に任したら、マジで死んじまうだろうが」とういうのは彼らしい言葉だと思う。
 戦場で、果てる可能性を知りながら、そうして、生きる覚悟を決めている。
 その強さが、部下を生かし、聞太自身を生かしてる。
 その強さを、羨ましいと憧れる、自分の弱さは腹立つけども。

 間道を、駆け抜ける瞬間目があった。
 にぃ、と上がる口元に、同じ表情でお返しして、

 「引きつけろ」

 迫る追っ手を睨みすえる。
 図に乗れば、しっぺ返しは来るものだ。侮りの報いは受けて貰おう。
 白夜叉も狂乱の貴公子も、この戦場にはいなくとも、勝利は必ずこの手の中に。
 鬼兵隊総督、その名の与える畏怖故に、あの地を動けぬ人の為、その策をもって敵を討つ。
彼がこの場に立たずとも、我らは彼の手足となる。
 あの人の下す命を受け、死ぬ覚悟を決め、戦地に立つ。
 でも、奪われる命の一つ一つがどれ程に、彼の心を抉るのか、知らぬ者は一人もいない。
嘆きはしない、泣きもしない、詫びの言葉もないけれど、表に出さない情の深さに気付かぬ者は、鬼兵隊にはいないのだ。
 なぜなら。
 中途半端な策はない。
 一か八かの賭けもない。
 どんなに無謀に見えても、必ず、生きる道は示されている。
 死者はでる。どう足掻いても人は死ぬ。だからこそ、少しでも多くが生きのびる為、最善の策で戦に臨む。
正道でなかろうが、侍らしくなかろうが、鬼と恐れられようが、変わることなく、生きる術を指し示す。
 思われている。命を、生存を。
 そのことだけで、命を懸けていいと思える。
 矛盾だ。生きることを望まれながら、死をもって応えるのは間違いだ。
 でも、あの人の為なら、死ねるんだ。
 でも、あの人の為に、生きていたいとも思うんだ。
 なんて傲慢。なんて矛盾。
 でも、相反する思いこそが、今、僕を生かしている。

「・・・大筒隊」

 地の響きが、伏せた身体に伝わってくる。
 視界の中に、異形の姿。
 ・・・さぁ、策は成る。

「撃てェッ!!!」


 彼の掲げた旗の下、反撃の烽火は、僕らが上げる。



 



















 生きてた。
 生きてる。今回もまた。

 ふんふんと聞太が微妙な鼻歌をうたってる。
 頭から浴びたらしい返り血で、なんだか黒だか赤だか茶色だかわからない色に染まってて、

「聞太ぁ、君、何人?」
「飯!酒!女〜!!」
「・・・構ってくれない。僕さみしい・・・」

 まぁ、上機嫌はこっちも同じ。
 あれ程までに罵られ、下策と言われた無謀な策は、見事に功を奏したのだから。
 敵方の四分の一にも満たない寡兵を率い、一度は奪われたその地から、天人の部隊を
一掃してのけた。味方の兵力を考えれば、一時的なことかもしれない。実際、そう言って、
この作戦を否定しようとした人も、いた。誰とは言わないけど。
 だけれども、これで、高杉さんは動ける。
 鬼兵隊本隊と総督を、本陣に釘付けにしていた天人は、陣を引かざるを得ないのだ。
そうなれば、今日の戦が無駄になることは決して無い。

「俊介、朝飯に女はつかねぇかな。戦勝祝いに」
「女は無理でも、ムサい男なら大量に」
「・・・愛が足りねぇ」

 口元が緩む。
 あぁ、また、笑いあえる。

「ひどいよ、ぼくのあいじゃたりないのかい?」
「ああ、うそだよ、はにー、そんなわけないじゃないか」
「おう、だーりん、じゃあ、あいしてる?」
「もちろんだよ、まいすいーとはにー」

 けらけら笑うその顔に、また、生きて帰れた実感が湧く。
 でも、生きて帰れてよかったと、何より思える瞬間は。

「お〜、高杉!!」

 本陣の入口で、迎えてくれる、その姿。
 一斉に、疲れ切った身体が嘘のように、湧き立つ歓声、上がる歓呼。
 汚れた姿で精一杯に胸を張り、手を振って生きてることを主張する。
 あれだけ走って戦って、まだ走れる自分に驚きもするけれど、少しの距離を、また走って
跳ねるように、その目の前に。
 
 「・・・よく、戻った」

 その声が、その言葉が。
 どれほどの想いを込めて紡がれるのか。
 姿の見えない者がいることに、気付かぬ人ではない。
 血塗れの、傷だらけの身を案じぬ人ではない。
 それでも、軍師であり将であるこの人は、頭を下げることをしない。命を背負う者として、
亡くした命に詫びることなどできないことを、嫌というほど知っている。
 だからこそ、その一言は、重く、万感の想いをもって紡がれる。


「無事で、なによりだ」


 細められた目、柔らかく、笑んだ口元、発せられたその声に、
明けはじめたばかりの白い空を、異国の鐘の音のように歓声が鳴り響く。
 生きて戻った。
 生きて戻れた。
 誰が知るだろう、この震えるほどの喜びを。
 他の隊の誰にだってわかりはしない。
 ありふれた言葉の中に、溢れるほどに込められた安堵と痛み。
 聞きたかったろう、この言葉を、この声を。足掻いて足掻いて、それでも帰還の叶わなかった戦友たちも。
決して、痛みを与える側に立たぬよう、祈って願って覚悟して、それでも命を落とした者たちは。
 喪失の悲しみは、僕らの胸に確かに刻まれているけれど。
 生きて戻った。
 生きて戻れた。
 また、この人の下で戦える。
 ただこの一言を聞くために、何度だって戦って、何度だって生きて帰れる。





 あなたの為なら死ねるんだ。
 でも、あなたの為に、生きていたいとも思うんです。
 生きて戻ったその時の、あなたの声が聞けるなら。


 あなたのたった一言が、僕が生きる命の縁。

 

 

                             <終>





いつも拍手のコメントにて嬉しいメッセージを送ってきて下さるシロ様より頂きました!!
そのメッセージにて素敵な会話文を拝見していたのですが、ついに小説を読ませていただくことが出来ました(嬉々)
自然な会話を書く、って私にとってなかなか難しい事なので(いつも不自然になるorz)尊敬です。

俊介がいかに高杉を想っているかが伺える小説ですね!
この方の俊介、というか御神酒徳利(俊介と聞太)が可愛くって仕方が無いです!キュンキュンしますvV

そして高杉の最後の言葉、とても重みがあってじんときました。

シロさん!本当に有難うございましたー!!!